翻訳者なのに帰国早々アテンド通訳

 日本には予定通り2月24日の朝に到着。飛行機では一睡もせずにタイ映画に夢中になっていたため、家に戻ったらそのまま1日中爆睡したいところだったが、そうはいかなかった。翌日25日の午後から通訳の仕事が入っていたからである。
 この通訳の仕事だが、バンコク滞在中に問い合わせのメールが来た。その時すでに帰国まで10日を切っていたので、けっこう急な依頼であった。しかも帰国したすぐ次の日からの仕事である。体力的にもどうかという不安はあったが、それ以上に、万が一予定通り24日に帰国できなかったらとんでもないことになるという思いが頭をよぎり、引き受けるべきかどうか悩んだ。だが結局引き受けることにした。もちろん、現在タイにいて24日の朝に日本に帰国予定だということを相手に伝えた上でのことである。

 結論から言うと、この仕事は何とか無事に終えることができた。だが、事前に想像していた以上に大変な仕事だった。翻訳を本業としていながらも、これまでに色々な通訳業務を経験してきたが、今回の通訳はこれまでの仕事の中で一番しんどかった。

 しんどかったのにはいくつかの理由がある。まず、仕事をした場所が私の住む県からかなり離れたところであったため、移動だけでも大変だったからである。ちなみに、移動には新幹線を使った。

 次に、今回の通訳はアテンド通訳だったのだが、アテンドしたのがいわゆる行政の「お偉いさん」だったからである。どのくらいのお偉いさんだったかというと、その人の参加したあるセミナーのことが、翌朝の新聞にその人の写真入りで載っていたくらいのお偉いさんである。私のように気が小さい人間であると、お偉いさんのアテンド通訳だというだけで胸のあたりがどんより重くなるのだが、何を隠そう私はこういうお偉いさんのアテンド通訳は今回が初めてだったのである。実のところ、私に連絡をくれた相手も、お偉いさんの通訳の経験が必須だと言っていたのだが、そういう通訳が見つからなかったのだろう。結局、お偉いさんアテンド通訳未経験の私が依頼されることになった。もちろん、私はその種の通訳の経験がないことを相手に正直に伝えた上でのことである。

 もう一つ重要なことがある。このブログに「タイ語翻訳を生業とする」と書いているように、私の本業はあくまで翻訳であり、実際、仕事の大半は翻訳である。そして、翻訳と通訳が似て非なる仕事であることもこのブログで過去に書いている。普段自宅でちまちまと翻訳の仕事をしている人間が、たまに通訳の仕事をするというのは恐ろしいほどのエネルギーがいるのである。私の感覚で言えば、いつもは長い距離をイーブンペースで走っている人が、いきなり短距離走をやるようなものなのである。要は慣れないことをすると人は疲れるということだ。

 そんなわけなので、仕事の1週間ほど前からは胸にどんよりと重たいものを感じながら時を過ごし、仕事を迎えるにあたってもそれ相当の不安はあった。

 ただ、実際に仕事をする段になって思ったほどの緊張感はなかった。もちろんある程度緊張はした。だが、仕事をする前は、もしかすると直前に胃が痛くなるのではないかと思っていたので(実際そういう経験がある)、そういう極度の緊張感がなかったのは自分でも意外であった。

 とは言え、冒頭に書いたように、これまでに一番しんどい仕事であったため、通訳をしている最中でさえもう二度とこういう通訳はやらないと思っていたし、またこういう仕事があってもできればやりたくないというのが正直なところである。

 にもかかわらず、そんな思いの一方で、もう一度こういう仕事をやってみたいという気持ちもあるというのが人間の不思議なところである。それには、二つの理由がある。一つは、今回この仕事を終えた時にあらためて感じた通訳という仕事の面白さ。もう一つは、やはり不慣れな仕事で色々と不満足な部分もあったため、(もし機会があるなら)次はもっといい仕事がしたい、いや俺にはもっといい仕事ができるはずだという気持ちである。

 しかし、翻訳の仕事をしながら、このレベルの通訳の仕事を並行していくことが相当に難しいことであることは、誰よりも自分自身がよく分かっているし、自分には通訳よりも翻訳のほうが向いている(性に合っている)という思いは今でも変わらない。ただ、その一方で通訳という仕事に翻訳にはない(翻訳とはまた違った)面白さがあると感じていることもまた事実である。

 私の考えでは、翻訳と通訳の仕事を両方やりながら、その両方において一流レベルの仕事をするのはかなり困難なことだし、何よりも絶対的に時間が足りない(そしてその上、英語もやろうというのだ)。そんなわけで、今後自分はどうしていくべきか、今あらためて悩んでいるところである。