タイ語の翻訳料金のこと

 ふつう翻訳の料金というのはどうやって支払われるのか。もちろん銀行振り込みである。これは通訳の仕事でも同じなのだが、私に翻訳の仕事を依頼してくる会社は東京を中心に、大阪や名古屋、神奈川、京都、福岡など全国各地にあり、私は愛知県に住んでいるので翻訳料金は銀行振り込みにしてもらうしかない。いや、仮に私の住んでいる市にある会社から依頼を受けてもやはり銀行振り込みである。
 私はこれまでに両手両足の指では足りないぐらいの数の会社から翻訳や通訳の仕事を引き受けているが、ありがたいことに料金が支払われなかったということはただの一度もない(相手の手違いで予定の月に振り込まれなかったことは2、3度あるが)。ただ、つい先日振り込まれた翻訳料金をチェックした時に非常に残念な思いをした。
 この会社からの仕事の依頼は初めてで、しかもこちらが請求書を送るのが遅れたので、料金の振り込みも納品からかなり時間が経ってからであった。初めて仕事を引き受ける会社というのは、きちんと料金を支払ってもらえるかどうか少なからず不安である。というのも、ほとんどの会社は電話とメールのやりとりだけで(メールのみということも少なからずある)、たいていが東京にあるので、料金の支払いに関しては相手を信頼するしかないからである。この会社は料金はちゃんと振り込んでくれていたのでその点は問題なかった。だが、振り込まれている額を見ておかしいことに気が付いた。
 翻訳料金が支払われる時はほとんどの場合、源泉徴収で10%の所得税が差し引かれる(そして、それを確定申告の際に申告するわけである)。だから、例えば翻訳料金が10,000円なら振り込まれる額は9,000円なのである。
 私が引き受ける仕事は非常に規模の大きなものも時にはあるが、逆に1枚だけといったほんとに小さな仕事も少なくない。そして、1枚だけだと料金はぶっちゃけ数千円という単位で、この仕事もそういう仕事であった。
 振り込まれた額を見ておかしいと思ったのは、いつものように翻訳料金×0.9を計算したところ(つまり10%差し引いた額を計算したところ)、計算した額と振り込まれていた額が合わなかったからである。その差額は420円。もうお分かりの人もいると思うが、これは振り込み手数料である。そう。会社によっては翻訳料金から振り込み手数料を差し引く会社もある。つまり、振り込み手数料は翻訳者の負担という会社もあり、契約する時にそのことが書かれている場合もある(ということはない場合もある)。
 この会社は事前にそういうことは知らされていなかった。もちろん、それを確認しなかった私も悪いのだし、振り込み手数料を翻訳料から差し引くこと自体はうれしいことではないが、会社がそういう方針なら仕方がないことである。ただ、今回「残念」だと感じたのは、振り込み手数料が翻訳料金から差し引かれたという事実そのものではなく、わずか数千円という翻訳料金に対して420円もの振り込み手数料を平気で差し引いてしまう会社の姿勢である。仮に私が逆の立場ならそもそも翻訳料金から振り込み手数料を差し引くようなことはしないし(というのは、そこでいくらかの経費を節約することよりも翻訳者に気持ちよく仕事をしてもらうことのほうが翻訳会社にとっても経費節約とは比較にならないほどのプラスになると思うからだ)、仮に差し引くにしても、例えば、10,000円以下の場合は差し引かないといったようなごく人間的な対応はするだろう(実際そういう会社もある)。
 少なくとも私はもうこの会社とは今後仕事をしたいとは思わない。翻訳者と翻訳会社は持ちつ持たれつの関係であり、生身の人間と人間のやりとりなのである。
 まあ、私にとっては、この420円で仕事をするにあたって重要なことをあらためて学べたと思えば安いものであり、相手にとっては、420円をケチることで翻訳者との持ちつ持たれつの良好な関係を損なうわけである。