いきなり冬休み

 タイ語学校に通い始めたのが2000年の11月半ばだったため、モジュール1が終わったところでいきなり学校は冬休みとなった。この学校は通常は土日および祝日、それからモジュールとモジュールの間以外は休みの日はないのだが、12月の半ばに1年で最後のモジュールを終えた後、年明けまでおよそ半月ほど長期の休みに入る。

 実はこの年の終わりにちょうどぼくの両親がタイにやってきて、その時に父親に「まだ英語が混じってるな」と言われたことを今でも覚えている。

 つまり、ぼくが妻と話をする時に完全にタイ語だけで会話しているわけではなく、ところどころに英語が入るということである。

 この時は「何を偉そうに」と父の発言にちょっとムッときたのを覚えている。ただ、この記憶のおかげで、この当時のぼくはまだタイ語だけでは妻と会話ができない程度のタイ語力だったのだということが分かる。まあ、学校に通ってわずか1ヶ月だから当然と言えば当然だが。ただし、これも記憶にあることだが、割合としてはタイ語が大半で時々英語が混じるという程度だったので、それなりには使えるようになっていたのかもしれない。いや、それよりぼくの英語力がその程度にお粗末だったと言ったほうがいいかもしれないが。

 でもやっぱりタイ語はまだまだ大したことなかったという記憶も実はあって、12月の最後の授業の後にこの学校ではクリスマスパーティーが行われるのだが、そのパーティーについての説明を学校の先生がタイ語でしてくれた時にやっぱりまだ完全には分からなかったのだ。この時は学校に長く通っている日本人がその内容を前で通訳してくれたのだが、それにしても先生にしたって一般的に言えば容易な言葉を選んで説明してくれていたであろう。その内容がまだ完全には理解できなかったのだから、やはりまだまだ初心者だったのだ。

 そんなわけで、20世紀最後のこの年の12月31日を、ワールド・トレード・センター*1というショッピングセンターの前で毎年行われるカウント・ダウンのイベントで過ごし、翌年のモジュール2の授業を迎えた。

*1:現在ではオーナーが変わって「セントラル・ワールド・プラザ」という名称に変わっている。