翻訳と通訳の共通点とは

 先週まで2週間にわたり某大手自動車会社で通訳の仕事をした。ぼくの本業はあくまでも翻訳だが、翻訳という観点から考えても今回の通訳の仕事はかなり大きな収穫があった。

 まず通訳の仕事という観点で言えば、「自分は何のために通訳をしているのか」ということをあらためて考えてみると、それは当然のことながら「自分の目の前にいる日本人とタイ人の間に立って両者のコミュニケーションを成立させるため」なのである。非常にレベルの低い話で恐縮だが、ぼくはとにかく見栄っ張りというかええカッコしいの人間なので、本来の自分の役割を忘れて、「分からなかったらどうしよう」とか「間違えたらどうしよう」などとついつい余計なことを考えてしまう。ところが、何のために通訳をしているのかとこのように自分自身に問いかけることで余計なことを考えなくなり、両者のコミュニケーションを成立させるというその一点にだけ気持ちを集中させることができた。そして結果的には余計なことを考えて仕事をするよりも質の高い仕事ができたように思う。これはぼくにとっては本当に大きな収穫で、今後通訳の仕事をしていく上での最低限の心がまえというのが今回の仕事でやっと身についたと言えるかもしれない。

 ただし、いくら両者のコミュニケーションを成立させることに意識を集中しても、それを成立させるために必要な技術が身に付いていなければそれをなしうることはできない。これはスポーツで考えてみればすぐに分かることで、たとえぼくがどんなにホームランを打ちたいと願っていてもそれを達成するだけの技術がなければホームランを打つことはできない。もちろん技術があってもそれだけではホームランは打てないのだが、技術以外の精神的な部分というのは、先ほどの「自分は何のために〜」という話につながってくるのだと思う。

 そこで、両者のコミュニケーションを成立させるために必要な通訳の技術というのもを翻訳との比較で考えてみたいと思う。

 通訳と翻訳というのは似て非なるものではあるが、一応両方の仕事をやっている立場から言わせてもらえばこの2つの仕事には共通する技術が3つほどあるように思う。これをタイ語と日本語の通訳・翻訳で考えてみると次のようになる。

 まず1点目はタイ語の能力。何度も言うようにぼくの本業は翻訳であり、その翻訳に比べると通訳のレベルはまだまだかなり低いのだが、そんな中でもぼくがなんとか通訳の仕事をこなすことができるのはやはり何と言ってもタイ語ができるから、つまりタイ語という技術を持っているからであるからである。では、その技術はどうやって身に付けたのか。もちろんタイ語学校でもある程度のことは勉強したが、仕事で使えるタイ語の技術が身に付いたのはこれまで5年近くタイ語の翻訳の仕事を続けてきたからである。では、タイ語の技術とは何か。これは一言で言えば「タイ語を読んだり聞いたりしてその内容を理解する能力」のことである。では、どうすれば読んだり聞いたりしたタイ語を理解することができるのかと言えば、それにはまずタイ語という言語の基本的なルールを理解していることが前提となる。文章で言えばいわゆる「文法」というルールをある程度きちんと理解していることが必要になる。そういうルールを理解した上で、言葉をたくさん知っていればその言語を読んだり聞いたりしてその内容が理解できるようになる。ただし、これはできるだけたくさんの単語を覚えるという意味ではなく、ぼくの経験から言えば、ありとあらゆるパターンの文章に接するということが重要なのだと思う。そうすることによって結果的に単語をたくさん覚えるということになる。じゃあしゃべり言葉はどうなるんだという疑問も出てくるだろうが、ぼくが通訳の仕事でタイ人のしゃべるタイ語を理解することができるのは、やはり翻訳の仕事を通してありとあらゆるタイ語の文章を読んできたことが大きいのである。しゃべり言葉というのは多分に非文法的であるが、その非文法的なしゃべり言葉を理解することができるのは、文法的な書き言葉が読めればこそなのである。文法という基本のルールを理解しているからこそ非文法という例外にも対応できるのであって、基本的なルールを知らないで例外だけを理解できるはずはないのである。もちろんタイ語の読み書きはできなくてもタイ語を耳で聞いて理解することはできるという人もいるであろうが、それはあくまでも日常的なレベルの話であって、通訳をやろうというレベルの人でタイ語の読み書きができないという人はまずいないと思う。なぜならば通訳をやれるだけの多くの言葉を身に付けようと思ったら、話をしたり耳で聞いたりだけでは不十分だからである。ということはつまり、翻訳にしても通訳にしてもまず必要なのはタイ語をきちんと読むことのできる能力だと言ってもよいのかもしれない。

 次に翻訳・通訳に共通する技術の2点目であるが、日本語の能力である。しかし、話が長くなってきたのでこれについては次回の日記に書くことにする。

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