日本で何をする?(その五)
実は現在(2007年11月)、某大手自動車会社で短期の通訳の仕事をしているのだが、日本に戻ってから初めてした通訳の仕事がこの会社での仕事で、それが2006年10月の半ばから11月の初めにかけてのことだった。
その当時の仕事ぶりがどうであったかを今さらこと細かに振り返るつもりはないが、1年ちょっと経ってどういった点が変化したかという観点から当時の仕事を思い返してみたい。
まず、この仕事は前回も書いたようにタイからやってくるタイ人研修生の通訳である。そして、日本の会社にはそのタイ人に研修を教える日本人のトレーナーがおり、ということはつまり、日本人トレーナーの話す日本語をタイ語に訳すということが通訳の仕事の中心となってくるわけで、タイ語から日本語の翻訳への仕事が主であるぼくとしては、日本語からタイ語へのアウトプットという作業がまず大変であった。これは日本で妻と暮らしてみて分かったことだが、例えば妻とテレビを見ていて、妻は日本語がそれほどよく分からないので、当然ながら何を言っているのかをぼくに聞いてくる。ところがそれをタイ語で説明するということが意外にも難しい。もちろん内容によるのだが、なかなかすぱっと一言でタイ語で説明することはできない。タイではこのような場面がなかったので、日本語からタイ語へのアウトプットの難しさと重要性を痛感した瞬間であった。タイ人研修生への通訳でも要はこれを同じことで、タイ人とタイ語だけで話をすることとは違って、日本語からタイ語へのアウトプットというのは意識的な訓練を積まないとスムーズにはできるようにならないなと実感した。
それでは、タイ語から日本語への通訳は問題なかったというと、もちろんそんなわけはなく、やはりいくつかの問題があった。
ひとつはタイ人の使う言葉そのものが分からないという問題。これは主にその会社だけで使われるような特殊な用語で、これに関しては事前の準備だけではカバーしきれないので、その都度覚えていくしかない。
もうひとつは言葉そのものよりも話をしている内容が分からないという問題。これはある程度は事前勉強でカバーできるのだが、やはりそれにも限界がある。ひとつひとつの単語の意味は分かっても、その話の内容そのものが分からないと全体の意味もはっきりと見えてこない。これは日本人トレーナーの話す日本語でも同様で、日本語であっても話の内容が分からないと意味がよく分からない。この場合、話している内容が分かることが一番いいのだが、これは一朝一夕にできるようになることではないし、現実にその場で話している内容が分からない時はどうしようもない。ただ、何度もこういった現場で通訳を重ねてきて分かってきたのだが、通訳が話の内容をつかめていなくても、現場の日本人とタイ人はよく分かっているので、いまいち話の内容がつかめない時やある言葉の意味(特に英語の用語)が分からない時でもそれをそのまま言えば日本人とタイ人の間では話が通じることが少なくない。ひとつ例をあげると、例えばタイ人が「インパクトレンチ*1(実際には「インペクレン」のように聞こえるのだが)」という言葉を使い、通訳であるぼくはその「インパクトレンチ」なるものが何のことなのか分からないという場合がある。その場合でもそのまま「インパクトレンチ」と日本語で言えば*2、日本人トレーナーには訳が分かる場合も少ないない。ということで、もちろん通訳も話の内容が分かることがベストだが、まず大事なことは日本人とタイ人の間で意思の疎通が図れるかどうかなのである。
とは言っても、やはり通訳も話の内容が分かることが一番である。そこで大事になってくるのが事前の勉強と通訳の仕事が始まってからの日々の復習なのだが、この事前勉強なり復習なりの「仕方」というのが非常に重要だということが最近になってようやく分かってきた。