なんちゃって翻訳&通訳(その6)
運河を船でかなり奥に進み、ようやく目的地のワットサイ水上マーケットに到着した。
ところが、マーケットに到着したはいいが、肝心の物売りの小舟はほとんど見られず、運河は閑散としている。これでどのような絵を撮ろうと言うのだろうかと疑問に思う。
それでも予定通り撮影を開始する。
まずは、日本人のリポーターがワットサイを背景に水上マーケットを日本語で紹介する。しゃべり方はレポーターがアレンジしているが、基本的にはぼくが訳した台本に沿っている。
さて、ここで疑問に思う人もいるかもしれない。タイ人がタイで作る番組なのになぜ日本人のリポーターに日本語で説明させるのかと。
実は、会社が考えている番組というのが日・タイ・英の三ヶ国語の番組で、実際の番組では日本人のリポーターの日本語にあわせてタイ語と英語の字幕が付く予定らしい。後からタイ語の字幕を付ける時にはもちろんぼくはその翻訳を手伝わなければならないが。
詳しくは聞いていないのだが、どうやらタイの住む日本人をターゲットに考えているらしい。
そんなわけで、日本人リポーターが日本語で説明するという形で撮影が始まったのだが、いざ撮影という段になって、前夜に台本の内容について不満を漏らしていた日本人リポーターが再び不満を訴えてきた。台本の構成でどうしても納得できないところがあり、順番を変えてほしいとのことである。この土壇場に来てそれはどうかと思ったが、通訳であるぼくはとにかく会社のタイ人にこのことを伝えなければならない。そして、それを聞いたタイ人は当然ながら、そんなこと急に言われても困るということになった。
さて困ったことになったという場面で、会社のタイ人は、少なくともぼくから見ると意外な反応を示した。
「とりあえずご飯を食べよう。」
この時はまだ最初のマーケットの紹介の部分しか撮影していなかったのである。にもかかわらずもう食事とは。この時ぼくはタイ人の気質の一端を垣間見た気がした。もちろんこの人ひとりの行動を取って「タイ人はこうだ」というのは暴論であると思うし、そうした論法は基本的に避けるべきだと常日頃から自分に言い聞かせてはいるが、この時は、「ああ、日本人だったらこの場面でこういう反応はしないだろうなあ」という意味で、つまり、「日本人とは異質の人」という意味で、タイ人という人たちの一端を垣間見たように思ったわけである。
などと長々と書いたが、要は「え、もうお昼食べるの?」という気持ちが、「ああ、これがタイ人なのか」という思いにつながっただけのことである。
そんなわけで、「とりあえず」お昼を食べて、何とか日本人リポーターの言う順番でやってみようということに落ち着いた。