新聞の次は?

 実は新聞のネタはまだ色々と書きたいのだが、今はタイ語学校時代のことを振り返っているので、新聞ネタはまた今度別の形で書きたいと思う。

 さて、新聞のクラスが終わり、ようやく本当に自分でクラスを選べる段階になった。とは言えそれほど多くの選択肢があるわけではなく、また生徒の希望がなければクラスは開かれないので、結局多くの生徒が希望した文化(วัฒนธรรม)のクラスを勉強することになった。

 この「文化」というのはもちろんタイの文化のことであり、授業では、タイの主だった祭事(例えば、以前にもこの日記で紹介したソンクラーン(สงกรานต์)など)や曜日の色*1の話、タイの習慣などといった内容を勉強した記憶がある。

 このクラスでは生徒は定員いっぱいの10人だったのだが、これまで自分が勉強してきたクラスの中でも最もレベルの高いクラスであった。ということはつまり、これまでと比べてタイ語ができる生徒が多かったということなのだが、そのおかげでいい刺激になった。中でも特に、社会問題の頃からずっと同じクラスの馬さんという香港の女性はとても勉強熱心な人で、ライバルと言ったら変なのだが、いい意味でお互いに刺激し合えるクラスメイトであった。

 ただ、このクラスでぼくが一番すごいと思ったのは韓国人の女性で、彼女とはこのクラスで初めて一緒になったのだが、何がすごいってとにかくタイ語の発音がうまかったのが印象に残っている。というのも、それまで一緒に勉強した人の中で発音がほんとにうまいなあと思うような人はほとんどいなかったからだ。

 ぼくはタイ語を勉強し始めた頃から将来的にはタイ語を使った仕事をしたいという気持ちがあったので、そういう意味で他の生徒には負けられないという思いがあって、だからこそ1年間さぼることなく勉強を続けられたのだが、逆に言うと、そのせいで学校での勉強そのものを楽しむだけの気持ちの余裕がなかった。このことはつくづく後でしまったなあと思うのだが、そういう性格なのでまあ仕方ないという面もある。

 そういうわけで、レベルの高いクラスメイトに刺激を受けながら、また、教えてくれた先生も非常によかったので、充実した1ヶ月間を過ごすことができた。

 しかし、このクラスの授業が終了した後、タイ語学校である事件が発生したのだ(ほんとに)。

*1:タイでは各曜日ごとの色というのがあって、何曜日に生まれたのかということにも意味がある。