発音の基本は「ラクをする」

 タイ語を実際にしゃべってみると分かることのだが、二重子音というのは発音すると口がけっこう疲れる。というのは実は当然のことで、通常は1つの子音のところを2つ子音を重ねるわけだから口を動かすのがその分大変になるのである。

 例えば、前回紹介した「คล้าย」だが、これをつづり通り発音すれば「クラーイ」となるわけだが、前回の日記でぼくは、普通の会話ではむしろ「カーイ」と聞こえると書いている。ちょっとためしに発音してみてほしいのだが、「クラーイ」と「カーイ」ではどちらが口が「ラク」だろうか。おそらく「カーイ」のほうがラクだと思う。実はこれこそが「คล้าย」が「クラーイ」ではなく「カーイ」に聞こえる理由のひとつである。

 というのはつまり、人間というのは意識していなくてもしゃべる時にはなるべくラクをしてしゃべろうとする。その結果、もともと「クラーイ」であったものが生活の中で自然と「カーイ」に近い音になっていっているのだと思う。これはある意味当然のことで、「しゃべる」という行為は意思の疎通を図る手段のひとつなので、その目的に支障がなければ100%厳密に「クラーイ」と発音しなくてもよいわけである。つまり、「カーイ」に近い発音でもそれが相手に通じれば問題はないわけである。そういうことがあって、タイ語では二重子音は2つ目の子音の音が発音の際はあまりあるいはほとんど聞こえないことが多いのである。ただし、逆にはっきりと聞こえる場合がある。それはテレビのアナウンサーである。アナウンサーの場合はやはりきちんとした発音でしゃべらなければいけないということで二重子音もはっきりと発音する。逆に言えば、アナウンサーのように意識して発音しない限り二重子音というのははっきり発音されないのがむしろ普通ということが言える。実はこれはぼくが自分で発見したことでもなんでもなく『タイ日大辞典』*1という辞典に書かれている。ただ、ぼくはタイ語という言語を6年以上使ってきた経験があるので、この辞典に書いてあることが実感として理解できる。

 二重子音がはっきり発音されない理由というのはもうひとつあって、これはぼく自身がタイでの生活の中で発見したものである。

 前々回の日記で紹介したタイ語に「ปลา」という単語があり、これもつづり通り読めば「プラー」となるのだが、タイ人が普段しゃべっているのを聞くと「パー」と発音していることが分かる (もちろん全てのタイ人がそうというわけではないが) 。例えば、ぼくがタイに住んでいた時に、妻のお母さんのうちにしょっちゅう来ていた近所の子どももやはり「パー」と言っていた。この様子を見ていてぼくはなるほどと思った。この子は「ปลา」のことをなぜ「プラー」ではなく「パー」と発音するのか。それは周りの大人がそう発音するからである。そして多くのタイ人にとっては「パー」という「音」をまず学習し、そのあと「ปลา」という「文字」を学習するので、それがいくらつづり上は「プラー」と発音する文字であってもすでに子どもたちにとっては「ปลา」は「パー」なのである。

 実は上述の「タイ日大辞典」には、特に教養の低い人ほど二重子音の2つ目の子音の音が消失しがちであるとも書かれている。これなどもよく考えてみれば当然のことで、例えば学校教育を十分に受けていなければ、「文字」として言葉を学習する機会が少なくなるので、二重子音に関してもどうしても耳から聞こえる音で覚えがちになる。これは日本人にもあてはまることで、文字は読めないけれども聞いたり話したりすることができるという人はまずだいたい二重子音の発音の仕方が「パー」のような発音の仕方になっているはずだ。

 話のついでにやはり前回紹介した「カイカーイ」についても説明しておこう。これも基本はやはり「ラク」に発音するだと思う。というのも、例えば文字通り「クラーイクラーイ」と発音しようとするとそれがいかに大変かがわかるだろう。どうしても「がんばって」発音する感じになる。「カーイカーイ」なら「クラーイクラーイ」よりは少しは「ラク」になるが、これを早口で発音しようと思うとやはり大変だ。というか早口で発音すると自然と「カイカーイ」になるんだと思う。ということで、これも「ラク」に発音しようとすると自然の成り行きでこのような発音になるのだと考えるのが妥当だと思う。

*1:

タイ日大辞典

タイ日大辞典